2014年を振り返る - 多重人格

2014年を振り返る

 年の瀬です。思い出せる範囲でこの1年を振り返ってみる。間違いなく人生で一番ハードモードの一年であったがとても飛躍できた。

【1月】
 新しい部署に転属になる。

【2月】
 前部署がAndroid開発部隊だったためAndroidアプリ開発チームに抜擢された。ひたすらAndroidのプログラミングを行う。が、僕と一緒に転属した人大半がAndroid開発を行っていたはずにも関わらずAndroidプログラミング経験者は2人だけという鬼仕様。みんな外注まかせでプログラミングから離れていた人ばかりだった。これが開発部隊とは思えない、という感じだった。

【3月】【4月】
 更に新しい人が入ってきた。が、その方達もプログラミングをやっていたわけではなく。外注管理者と言う名の下、プログラミングやったことない or 10年前にやったレベル。そんな中Androidアプリ開発リーダーに任命される。Activityって何? から説明しなければならず毎日イライラしていた。プログラミングができない人にイライラするというよりは、開発とか銘打ちながらここまで開発者がいない我が社の体制にイライラしていた。

【5月】【6月】【7月】
 偉い人は、データを受け取って表示するぐらい簡単でしょ? みたいなノリで接してくるのが腹立つ。
 この頃が一番情緒不安定だった。定時内に色んな人にAndroidの基礎的なことを教えつつ、残業時間に自分の機能のプログラミングをするという完全に駄目な仕事の仕方をしていた。しかし締め切りは待ってくれず、そうしないと追いつかないデスマーチ。おまけに週一で関東に出張があった。お稽古感覚で千歳から羽田へ飛びまくり、JALの落語チャンネルの「抜け雀」とニッチェの漫才を暗記した。

 金魚を飼い始めたのもこの頃。楽しい金魚生活も束の間。お客様先で修羅場仕事をこなしている最中、家で飼ってる金魚が死んで営業さんの前で号泣するという失態をやらかす。いや、失態じゃない。金魚は飼い主の身代わりになるという。修羅場を迎えていた僕を守るために死んでくれたのだと思う。そう思わないとやってられない。

 更にそれと並行して新婚旅行、結婚式があった。どちらもものすごく楽しかったのだがいかんせんキャパオーバー。妻には迷惑をかけた事と思う。家庭を顧みない夫に対して、妻は我慢強く接してくれたと思う。本当に感謝している。

 この頃の僕は仕事が第一で、仕事を完全にこなせなければ何もしてはいけないという社畜脳だった。そのバカ思想のおかげで後々に苦労する事になる。

【8月】
 ほとんど記憶に無い。お義兄さんの結婚式があったような気がする。仕事面ではHTML5の調査などをさせられたのを筆頭に、HTML5を使ったWebアプリケーションとLinuxのプログラミングを組み合わせたアーキを作る。試験環境を作り、コーディングをし、管理めいたことをし。試験フェーズでは試験プログラムが動かねーだの、環境が整ってないだの色々言われた。うるさいし知らないしアンタ達先輩だし納期はやたら厳しいし総じて自分達でなんとかして欲しかった。こんな体制で働かなければならない自分を呪ってばかりいた。

【9月】
 月70時間以上の残業が5ヶ月ほど続いたところで病気が発覚。あれだよ月80時間の残業で自殺しちゃう人もいるくらいだからね。ご丁寧にも月3回ぐらいの出張も相変わらず続いてたし割と限界だったと思う。

 極力定時で帰るようにし、会社でのタバコもやめ、もろもろ先輩にまかせるようにした。

【10月】
 病気療養のため実家に1週間帰る。何もやらず母親のオートメーション食事、洗濯、掃除を堪能する。当たり前のことを何でもやってくれる事に感謝。妻もいつもこのぐらいやってくれてたんだと色々じーんと来た。帰宅後妻の家事を積極的に手伝うようになる。

 生き方も変えた。我慢する事が美徳というアホ日本人の観点を捨て、好きな事だけやるようにした。意外と好きな事だけやってても生きて行ける。ある程度我慢しなきゃ仕事まわんないと思ってたけどそんなことない。好きな事しかやらないという判断軸が一本通ってるといろいろな行動が活発になる。そんなことないというアホ日本人は「ソース―あなたの人生の源はワクワクすることにある。」を読むとよい。人生観が変わる。

【11月】
 ゲームプログラミングや金魚飼育、小説執筆、マンガやイラスト、ブログの毎日更新を始める。Unityでインベーダーゲーム作ってやったーとなったところでパソコンがクラッシュ、ゲームが消えた事以外は至極順調だった。毎日が楽しくて皿洗いすら苦にならず、元気に色々やれるようになった。ああ、もともと僕ってこういう人間だったよなと認識する。

【12月】
 仕事でデモアプリの作成を依頼され、企画やら仕様やら書いて超楽しかった。集合値プログラミングの勉強をし、ビッグデータ分析の手法などを学んだ事で企画にとても役に立った。やらされる感じではなくほとんど全ての仕事を自分がやりたいと思った事だけにしぼった結果、とてもパフォーマンスが出て会社的にも僕的にも価値があると気づいた。我慢は美徳とか思ってる人を心底哀れに思います今では。


 とまあ、病気になったことで自分の生き方を見つめ直す事ができた。病気のような本人にとってはマイナスなことが、こうしてプラスに働くようになろうとは思いもしなかった。来年も自分の気が赴くままに好きな事だけやって過ごして行こうと思う。それではまた来年。

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 Y平 (31)

現在:
Androidプラットフォーム開発者。シナリオ作成も趣味でコンテストに
色々応募をしています。人形劇もやっています。

略歴:
2004年〜2009年 名古屋大学で人形劇サークルで活動後、作家を目指すも挫折。
2009年〜 札幌のモバイルの会社に勤めて適当にプログラミングやらに従事。
2012年 ヒューマンアカデミー シナリオライター講座受講。シナリオライターに。
2013年4月、妻と結婚
2015年8月、オモコロライターになる

作品暦:
「えんむすび」 子供映画製作ワークショップ2012最終候補
「思い出はとめたままに」 2012年南のシナリオ大賞 落選
「マリモの人形劇」アニメシナリオ大賞 選考中(2015年4月現在)
「しっくす・パックす!」第22回電撃コミック大賞 選考中(2015年4月現在)
「上から」コバルト短編小説新人賞 選考中(2015年8月結果発表)

好きな作家:
筒井康隆 綿矢りさ 星新一 藤子・F・不二雄 戸塚たくす

その他活動:
ニコニコ動画ゲーム実況一覧
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mail :
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コメント
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ゆく年くる年

今年一年お世話になりました。
こったんのブログで毎日楽しく過ごせたし、楽しみも増えていい毎日を過ごせました。

中学からの付き合いで、何かもかも知ってるもんだと思ったけど、精神的な病気を患ってたとは思わなかったけど、それもまた自身を成長させる試練だったのかなと思えば今となってはいい思い出なのかな?

また都合合う時に遊ぼうや。
嫁さんにも伝えといて下さいや。


あー…それから、好きなことやって生きてけるってすげぇ楽しくて、ワクワクして脳汁出まくりで何もかもが輝いて見えるよな。
ずーとそういう感覚忘れないで生きていけたらいいよな!


2015-01-01 00:09 | from 通りすがりの鍋奉行

No title

毎回読んでくれてありがとうね。
ただこったんて言うのやめましょ。

今年もよろしくおねしゃすしゃす

2015-01-09 23:45 | from わいへい

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